雑記帳2003年11月分


11月25日     KRANZ完成!


 KRANZ(同人誌)が完成しました。
コピー誌で、ごく少数しか作っていないので、手作りの大変さは本当のところさほどでもないのかもしれません。
しかし、計画性のない私のこと、追い詰められてから、ガーッと仕上げるといういきあたりばったりさで作っているので最後の方は気持ちが焦ってしまって精神的に疲れるというか…。
そして結果、完成してしまうと、なにやら、いつもガックリと気が抜けてしまいます。
脱力感とでもいいましょうか…。
 今回もやはり、やや脱力してます(笑)。
紙の本を出す前に、webコミックとして、ストーリーは公開したのですが、紙の本が出来上がった今、やっと今回のKRANZが終わったんだという実感が襲ってきました。
 ここで気を抜かずに、次回の分を少しずつ手をつけ始めればと思うのですが、脱力しただの、一休みだの、自分に言い訳をして、ついダラダラ生活が始まるのがいけないんですよね(笑)。
 
 もう一つの焦りの原因だった、Pixia倶楽部の風祭り。こちらも参加したいと思いながら、締め切りが迫ってます。
制作真っ最中なのですが、ぎりぎり間に合わせたいものです。
あまりにも案が浮かばず、非常に困ってました(笑)。しかし、苦手なテーマに取り組むというのは、勉強になるということですよね…。といっても、安易な方向に逃げてしまいがちなので勉強には全然なってないかもしれません(だめでしょ!)(笑)。


11月16日    日本育英会のこと、アリさんのこと


 日本育英会が現在特殊法人で,、来年からは特別行政法人に変わるというニュースを新聞で読んでもう10日ほどたちます。その記事で回収不能の貸付奨学金が444億円あると書かれていました。
 これを読んだ時、私は、そんなに多額に返していない人がいるのか!と呆れと共に、ものは奨学金だよ…!何にも代えて第一に返すべき性格のものでは!と憤りに近い気持ちもよぎりました。何日かして、いつものようにテレビを徒然と見ていた際、この日本育英会のことが取り上げられているのを目にしました。その番組では新聞より少し詳しく事情が説明されていました。
 それによると、延滞債権の金額は全部で1562億円あるそうです。その中で444億円は、絶対に帰ってこないと断言できる部分なのだというのです。おまけに育英会はその性格上、さほど厳しい取立てをすることはなく、あくまで自主返還をという意向をもって臨んでいたのだとのこと。ここで私はやはり、返さない人、ダメじゃん!という気持ちでした。
 ところが、話は続きます。育英会は、奨学金は何年かけても返してもらえばいいという意向の為、普通の金融機関等の貸し倒れ金といった概念がないので、例えば10年たって、そこで未回収分をいったん帳簿上から消してしまうというようなことがないらしいのです。そして今までに700万人に5兆円程の貸し出しがあったとのこと、つまり未回収分(1562億円)のそれに対するパーセントは3パーセント程らしいのです。これって、回収率で見れば高いですよね…。最初、赤字(?)の金額をポーンと出されると、こんな多額を!と思いましたが…。そして、これも驚いたのですが、来年から変わる制度では、利率も大変UPするし、取立て部分が他の会社に委託されるというのです。そうなると相当厳しい取立てかも…。
 これを聞いていて、ふと、奨学金ってナンなんだ?という気になりました。今はどういう基準で選んで奨学金を貸しているんでしょう?そのあたりがよく分からないのですが、本来、大変良く勉強ができるのに家の経済的事情で進学が出来ない一部の人を救済するという意味のものですよね。しいては人材を育てることは社会全体の為にもなるであろうということで援助するべきという意味が元々のはずだったのでは。育英会自体も、人の選考をちゃんとしていたのか?とも思いますが、不況が影響しているということもこの金額が大いに増え続けている一因でもあるようですし…(なんだか今後の方がもっと増えそうだということみたいです…)。
 そう考えると、さあ、赤字もこの位あるんだから、普通の銀行のローンみたいに厳しくして継続しましょというのもなんだか変な気もします。もっと選考をちゃんとして、おかしな延滞を少なくする努力を育英会にも望みたいし、借りる側も(一部の人であることを信じたいものですが)、社会の厚意を踏みにじるようなことのないような生き方を目指す人であってほしいものです。とにかく、もっと情報を公開して透明性を出し、多くの人に考えてもらうべき案件ですよね。だって、結局は税金で解決しなければということになるようですから…。
 しかし、ニュースって知れば知るほど、難しい問題が横たわっていて考えさせられるもんだと思ったのでした(きっともっと深く知ればより頭を悩ますこととなるでしょうが…)。やはり多面から知りたいニュース記事というところでしょうか。

 アリの世界について、新しい事実が発見されたそうです。働きアリの中に、全然働かないのが2割もいるらしいです!そいつらは、どんなことがおころうが、一切働かないようです(笑)。働かないアリがいることが集団の中でなにか意味があるのかもしれないのでその解明を!と研究に燃える大学側。
 しかし、働きアリといえば、働き者の代名詞のようなものだったのに…。実はそんなアリがいたとは、なんだか親しみわくような…ちょっとホッとしたような…(笑)。とにかく今後の研究に注目したいものです。


11月13日    久しぶりに世良公則を見た!


 キリンのファイヤーという缶コーヒーのCMで、久しぶりに世良公則(親愛をこめながらということで、呼びつけを許してください!)を見ました。(宇崎竜童と岩城滉一が一緒に出てるCMです)
 そんなに熱烈ファンではありませんが、私にとって印象深いのは昔、薬師丸ひろこが主演した映画「Wの悲劇」で相手役として出演していた世良公則。
 実は、この映画、公開当時は、薬師丸ひろこがさほど好きではなかったし、角川映画特有のあのあざとい宣伝にやや呆れ気味ということもあり、さほど興味をもってませんでした。その後、テレビで放映された際に期待もせずに観ました。
 見始めてしばらくすると、結構いいんじゃない?…という気持ちになり、最後には、なんと薬師丸ひろこも、世良公則も、とても良かったぞ!と感動してました。あげく、この二人のファンになってもいいかもしれない…などと、見る前とは心境が激変していました。(節操ないなーッ!笑)。
 映画全編にストイックさがあり、それが、意外と新鮮だったのです。薬師丸ひろこのあの独特の口調も(口が小さいからか?)、あんまり上手くないけど、淡々と真面目に演じる世良公則も、映画の青さ(内容的にはドロドロしてる話のはずなのにそう感じさせない不思議さといいましょうか)にマッチしていたような(褒めてるのかけなしてるのか?)。
 といっても、世良公則の他の出演作とかもほとんど知りませんし、歌も、デビュー当時あたりしか聴いたこともありませんが(それじゃファンじゃないだろ!といわれそうですが…)、テレビに出ているのを見かけるたびに、気にはしていました。
 いつの頃からでしょう。その世良公則の髪に、危機が迫っているのに気がついたのは。
前の方が薄くなっているような…、その後、彼は、広めのバンダナを鉢巻状態で使用したり、帽子を着用していることが多くなっていったようです。
 今回、久しぶりにCMで見かけた世良公則も、やはりバンダナをしていました。もう、ずっと、これで通すのか!?いや、それなら、それでいいような気もしますが…。
 でも、やはり今はどの位進んでいるのか、知りたいような知りたくないような…(コラコラッ!)。そして、つくづく芸能人は、なかなか大変そうだなぁと思うのでした。
 それを売りにできるキャラクターだといいのですが…、反面隠してる方も多いという噂も耳にしますし、どう身の処し方をするかは難しいですねぇ。
 とにかく、なんだかバンダナに目がいってしょうがない不埒なファンの私です(すみませんっ!)。


11月5日   松尾幻燈斎(ミスターマリック)を見るたびに…、と「グラディエーター」のこと


 土曜日の夜に日本テレビ系列で放映している「エンタの神様」というバラエティ(?)番組を見ています。若手お笑い芸人(こういう呼び方でいいんですよね?)がたくさん出ていて、うちの子供にもウケの良い番組です。
 その番組の冒頭に必ず毎回ミスターマリックが松尾幻燈斎という名前で出てきます。そして例のごとく、やけに上手い(マジシャンだから当たり前といえばそうなのですが)超魔術を披露するのです。手元も見え見えで、それでいて私達には全然タネがわからない手際の良さ。
 私と、子供はこれを見ながら、何故か不愉快になるよね!という意見で一致してます。挙句の果ては、この後のお笑い部分は見たいけれど、松尾は嫌いだ、見たくないぞコールを茶の間から送るほどだったりして(コラコラ!)。
 何故、不愉快な気持ちになるのだろうと考えてみました。けっしてマリックが嫌いというわけではないのです。特に大好きというわけでももちろんありませんが(笑)。
 考えた結果、気づいたことは、オープンに演じているのに(やや、死角になっている部分もあるような気もしますが)、全然タネを見破れそうにない自分がはがゆいからではなかろうかということです。そう…、手際が良すぎることが鼻についているみたいです。単純に、分からないなぁ…、マリックは凄腕だなぁと感心する反面、なんだかしゃくに障るぞ!と感じてている私…、つまり私は人一倍、心が狭いみたいです!(笑)。
 大掛かりなマジックは、エンターテイメントショーだからという気持ちで見ているので、まあまあ心穏やかなのですが、あのように身近なものを使ってチマチマとされると、モロに騙されているような気分になるようです。これはマジックだから…、彼はプロなんだから素人の私には分からないのが当たり前なんだから…と頭では分かっていても、やはり松尾が私を騙している!(笑)って気になって不愉快なようです。なんて狭量で大人げない私なんだ!(笑)。
 ちなみにマギー司郎は大好きな私達親子です。(結局はどこまでもお笑い系が好きなのか?)

 テレビで「グラディエーター」を観た私。アカデミー賞受賞作品なので、一応は観なくてはと前々から思っていました。個人的に好き嫌いはありましょうが、多くの人が面白いという評価を下している作品には何か観るべきものが必ずそなわっているのでは…というのがこのところの私の考えです。(でも、個人的には、やはり妙にマイナーな作品に強く惹かれがちな私なのですが…・笑)。それに監督リドリー・スコットの撮った「エイリアン」は私の大のお気に入りなので、彼の作品ならという気もしてました。
 さて、感想は…、結構面白かったです。大作ですね。戦いに迫力もあったし、ストーリーもオーソドックスですが確かな骨組みだったし。私としては充分満足しました。でも、観ながら、どうしても「ベン・ハー」を思い出さずにはおれないような気も。イメージがかぶるというか。おそらくちょっと年齢のいった人はみんなそう感じるのでは…。
 「ベン・ハー」はストーリー的にも、あの圧倒的迫力満点な戦闘シーンにおいても、黄金期のハリウッド大作そのものというべき作品でした。「グラディエーター」は復讐をモチーフにしているところも、クライマックスに仇との戦闘をもってくるところも、「ベン・ハー」へのオマージュみたいな感じを少し受けました。
 しかし、あくまでも輝くような大作だった「ベン・ハー」と「グラディエーター」の雰囲気はまるっきり違っていたような…。「グラディエーター」は「ベン・ハー」と比べると曇空というか、始終哀愁みたいなものが漂っていました。ラストも重かったし…。監督の個性もあるでしょうが、もしかしたら、これは作られた時代の違いかもしれないなぁと思ったりして。
 「ベン・ハー」世代の夫は、「やはり大勢の人をふんだんに使ったあの迫力はCGでは到底及ばない気がした」と評してました。なるほど、確かにそうかもしれませんねぇ。私も「ベン・ハー」は面白かったなぁと、「グラディエーター」を観ながらやたらと思い出してました。でも、これには、多分に昔はよかったなーっという年配の人特有の感想が入っているやも(笑)。 
 映画といえども時代を映す鏡…、現代という時代においては、あの輝かしいひたすら立派な大作「ベン・ハー」のような作品は(人の心のあり方とかを鑑みると)、もう作れないのかもしれないと、少しシリアスな気分になった私です。

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